共有地としての言葉―仲俣暁生
※inflorescencia=inf. 仲俣暁生氏=仲俣 ced氏に関しては雑記帳をご覧ください。
コメント・理解・対話
仲俣 インタビューするのって嫌ですよね。
inf. そうですねー。インタビュー……まあ、毎回前日はすごい眠れないみたいな(笑)
仲俣 そう、僕もインタビューって嫌いだったんですよ。仕事でもう百人やそこらは間違いなくやりましたけど、何人やっても……。本当に嫌ですね、インタビューするのは。まあ、されるのは全然苦にならないんですけど。聞かれたことに答えれば良いだけだから。……ということで、はじめましょうか(笑)。
inf. いやー。今回対話式でやってるのは、なんか白田先生の本の書評とかを読んでも……書評っていっぱい出てるんですけど。あとはそのースラッシュドットというところにコメントとかいっぱいついていて。それを読むと、なんかあんまり読めていない。
仲俣 うん。
inf. 読んだと言ってる人もあまり読んでいないというのが多くて……。
仲俣 あんまりあてにならない、と。
inf. で、一説によると今の小学生はマンガが読めない。なんでかって言うと、基本的にシーンの分析ができないから。基本的というか手法的な……どういうメソッドを使ってどういう運用がなされているかどうかが理解できないから、というのがあって。
仲俣 たしかに今の子、マンガ読めなさそうですね。
inf. で、なにをやったら理解してもらえるのかなって思って。ああ、そうだそういえば2ちゃんは対話式だなっと思って(笑)
仲俣 なるほどね、あー、わかりました。
inf. 対話だったらまだ大丈夫なのかなって思って。対話っぽくしたいなっと思って。
仲俣 でもそれは、情報理論的とかコミュニケーションの理論的にも正しいんじゃないですか。
inf. はあ。そうですかー。
仲俣 たとえば、コンピュータがデータをやりとりするとき、パリティチェックっていって、通信時にエラーがないかどうかをチェックするために、1ビット分だけ残しておいて、お互いのデータがちゃんとやり取りできたか、その都度確認しながらやってるでしょう。
inf. はい。
仲俣 だから……こういう会話もそうだよね。「うん」とか「はい」とか合いの手が入るだけでも、ずいぶん違う。「はい」って返事が返ってきたからといって、100%コミュニケーションがとれてるかどうかは保障できないけど、間違いなくこれは伝わってないぞとか、どうもこれは理解がいってないな、ってときに、なんらかのフィードバックをかけることはできる。次のステップに行く前に、その都度、待ったをかけられるという意味では、対話式っていうのはあながち悪くない。でもそれって、「互いが心を開いてコミュニケーションしましょう」という意味じゃないんだよね……。
inf. あはは!
仲俣 ちょっとした誤解やなにか情報伝達の漏れ、あるいはノイズそういうのがあったときに、その都度チェックできるという点で、対話式のほうが、おそらくは一方的なものよりも、コミュニケーション的にはあるいは情報伝達的には正確であろうと。ただ、それを本格的にやると、やたらと手間かかるわけですよ。
inf. そうですね。
仲俣 本一行読む度に「わかった?」ってやってたら、どんなに短い本でも手間がかかりすぎてしょうがない。それって幼児の読書ですよね。たぶん喋り言葉と書き物の本質的な違いも、そこにあると思うんですよ。
inf. なんかまあ、導入部になれば良いなと思って、こう……。
仲俣 いやいや、ほんとそう。だけど……だから、本なんてそもそも、誰もちゃんと読んでないんですよ。
inf. ははは!なるほど。
仲俣 自分が書いた本を読者が正確に理解してくれる、なんていうことは、たぶん著者としては期待しちゃいけない。逆に読んでる方も……いろいろレベルはあるけど……本当に表面的なある一行だけを読んで、そこにツッコミ入れていくっていう振る舞いは別の意味で起きてることだけど、そもそも書物は頭からおしりまで理解されるべきだとは言えないと思うし。本を読むことって、そこまで思いつめて読まなくても良いだろう、っていうのが前提としてはあるんです。
inf. はい。
仲俣 そのあたりが、今回の話と絡むのかな、と。
inf. はいはいはい。