共有地としての言葉―仲俣暁生



※inflorescencia=inf.  仲俣暁生氏=仲俣 ced氏に関しては雑記帳をご覧ください。



出版社とインターネット

仲俣 じゃあ、事前に質問表をいただいたので、その順に……

inf. 1番……『季刊・本とコンピュータ』終刊から一年、その間long tailなどが話題になったが、本の価値は上がったのか下がったのか?限定的であれば、どのような本の価値は上がり、どのような本の価値は下がったのか?……ですねー。

仲俣 えーっと、まず最初に、なんでこういう話が聞きたいのかっていう、逆にその興味のありかが素朴に知りたいんですけど……。

inf. 一年経って、その間にロング・テールっていう話題が出ていて。

仲俣 『ウェブ進化論』とかのウェブ2.0的な話ですね。

inf. で、要するにアマゾンで、こう……ニッチな市場で売れるんじゃないかっていう話が出ていて。そういう意味では、その『季刊・本とコンピュータ』の終刊というか連載していた頃とは、割と結構……。

仲俣 たしかに、短い間だけど、あれからずいぶん状況は変わりましたね。

inf. そう、状況は変わっていて、その辺のところをまず……。あのー最終刊とかをちまちま読んでて「あれ?どうしてこんなことを言ってるんだ!?」とかいうところがいっぱいあったので……。

仲俣 それはつまり、「今頃まだこんなレベルのことを言っておるのか」みたいな?(笑)

inf. そうそう。

仲俣 そうか、それはすごく良い質問だと思いますよ。

inf. はい。

仲俣 えーっと、どこから話そうかな。まず、そもそも『季刊・本とコンピュータ』っていう雑誌は、あくまでも出版メディア……というより端的に「本」の出版に関わってきた人たちがどうしても中心で、「コンピュータとかインターネットとかが出てきて、本はこの先どうなっちゃうの?」っていう不安とか、その逆の過剰な期待とか、そういうのを当初から担っていたわけ。電子ペーパーとか電子書籍への期待と、同時に本が直面している状況への現実的な恐怖とか、不安ですね。  だからインターネットがここまで急速に、まあ、ある種活字の世界の読み書きや言葉のコミュニケーションを代替するというか、すくなくとも生活時間のその部分を奪いとるようになったときに、出版界の人はそれに対して最後まで防御的だった。当事者としてインターネットやコンピュータとどう関わるかじゃなくて、あくまでも「本」の世界や「活字」の世界にとってコンピュータは……という立ち位置から抜けられなかった。コンピュータやインターネットっていうのは、ようするに「本」にとっては、"them"なんですよ(笑)。つまり「われわれ」にたいする「やつら」。

inf. (笑)

仲俣 僕も、最後は編集長になったわけだけれど、実際のところは津野海太郎さんボイジャー萩野さん筑摩書房松田哲夫さんなどの編集委員、河上進南陀楼綾繁)さんなど編集スタッフと共同作業でやってましたから。

inf. はい。

仲俣 ただ、出版とか本の問題の本質を考えるっていうのは、いまの出版産業や出版社のことを考えることとは、全然レベルの違う違うでしょ。だいたい、日本では「出版社」という主体が、基本的にインターネットのプレイヤーとして積極的に出てこなかったわけ。いちおうサイトは作ってるけど、たんに新刊本の宣伝や、ちょこっとした読みものを載せてる程度で、基本的にインターネットのプレイヤーとしては出てこないよ、ってことを彼らは決めたわけですよね。
 音楽だったらアイチューンズミュージックストアで音のデジタルデータを売るってことが始まってるから、レコード会社がもう少しプレイヤーとして出てきている面もあるけど、紙の出版物を出している会社は、そういう意味では、今の時点ではまったくインターネットに出てきていない。
 で、いまのロングテールっていう話は、アマゾンでなら、売れ行きの順位が8万位だとか10万位ぐらいの渋めの本も、ちょぼちょぼだけど着実に売れますよ、という話にすぎないわけで。それは事実ですけど、それが本の世界全体を変えるほどの大きな流れには、まだなっていないと思う。

inf. なるほど。じゃあ暗い予測を……(笑)

仲俣 少なくとも、それまで売れなかった本が、インターネットのおかげで突然売れるようになった、っていうシンデレラみたいなケースは、そんなにはないと思いますね。で、だから質問の2と絡んでくるけど、ウェブの読者、まあインターネットユーザーが、本のある一面しか読まずにネガティブなコメント付けたりとかというのは、現実的にありますよね、

inf. そうですねー。

仲俣 そもそもアマゾンの書評欄自体が炎上、ということもありうるわけで(笑)

inf. あははは!起きますね。

仲俣 でもそのことが、本の部数を現実的に大きく動かしたり、あるいは逆に本を売れなくしたりってことになってるのかというと、それもちょっと本当かなって気がする。

inf. うーん。

仲俣 ただ同時に、アマゾンの順位が出ることで、少なくとも「インターネットで本を買うような人たち」のなかでの認知度とかはわかるし、順位に変化があってそれが常に見られるというのは、ある種、本のヒットチャート化しているわけで、それは面白いですけどね。  そもそも、アマゾンで本買う人って、基本的にリテラシー高い人だから。「活字の人じゃなくてネットの人でしょ、それって単にネットでの評判でしょ?」って言い方もあるけど、アマゾンで本を買う人っていうのは、活字としての読み手としては、学生であったり編集者だったり、あるいはビジネスをバリバリやっている人だったり、かなりコアな読者が多い感じですから。だから、そこでの動きが社会全体に浸透するかどうかは別として、ある種の少数の先鋭集団、というところはあるかもしれない。

inf. 濃いお客さんですか?

仲俣 うーん、「濃い」というのとはまたちょっと違うんだけど……。

ced そうすると「はてな村」と同様に「アマゾン村」みたいなものも?

仲俣 たしかに「アマゾン村」はあるかもしれないね(笑)





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